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3月3日は上巳節&桃の節句&ひな祭りです

【投稿日】2014年02月26日 【カテゴリー】お知らせ  

【曲水の宴と女児の節句】
3月3日は日本では「女児の節句」ですが、古代中国で五節句のひとつに定められた「上巳(じょうし)の節句」には、女児の日に関する意味合いは全く含まれておりませんでした。上巳とは、三月上旬の巳(へび)の日という意味で、季節の変わり目であるこの日は邪気が入り易いとされ、人々は水辺に集い穢れ払いの水浴の儀式を行いました。3世紀になると水浴の儀式は廃れ、貴族達は宮廷の庭園に小川を作り、老若男女が集って遊ぶ「曲水の宴」を催すようになりました。日本へ上巳節と曲水の宴が伝わったのは平安時代の頃で、それから徐々に女児の日の要素を含んで行く様になっていきました。曲水の宴には、草や紙の人形に自分の災いを移して水に流す日本古来の「流し雛(びな)」の風習が取り入れられました。雛とは、小鳥の雛(ヒナ)からきたもので「小さくて可愛い」という意味があります。やがて、曲水の宴に同席する貴族の子女の間では、草や紙ではなく布で人形を作ることが流行り、この小さな人形を「ひな人形」と呼び、人形で遊ぶことを「ひな遊び」と言いようになりました。このように、上巳の節句と曲水の宴の結びつきから日本では3月3日は雛人形を飾って祝う女児の節句となっていきました。

曲水の宴

【白酒と菱餅】 
雛祭りには女児の節句でありながら、なぜか白酒が欠かせないものとなっています。それは、上巳節に桃花酒(とうかしゅ)を飲む中国の習慣に由来します。中国では、古来より桃は邪気を祓う仙木とされ、上巳節には百病を除くとされる桃の花を浸した酒を飲むことから上巳節は「桃の節句」と呼ばれ、この呼び方と桃花酒の習慣はそのまま日本へ伝わりました。雛祭りの習慣は、江戸時代になると宮廷から武家町民にも広がり、桃花酒に代わって庶民に親しみのある白酒が飲まれるようになり、ひな壇にもお供えされるようになりました。
また、ひな壇のお供えで欠かせないものに「菱餅」もあります。これも中国の上巳節に食べられたお餅がルーツで、邪気を祓う力があるとされる御形(ゴギョウ)を入れたものです。ただ、日本では御形は母子草とも呼ばれ母と子を杵でつくことが嫌われたために、蓬(ヨモギ)が使われるようになりました。菱餅が供えられるようになったのは江戸時代以降で、菱形は魔除けの力があるとされるヒシの実を模したもので、赤は梔子(クチナシ)を使い「魔除け」、白はヒシの実を使い「清浄」、緑はヨモギを使い「健康」の意味が込められています。

ひな祭り

 

 

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