TOP » お知らせ » 11月7日は冬の訪れを告げる「立冬」です。

11月7日は冬の訪れを告げる「立冬」です。

【投稿日】2013年10月31日 【カテゴリー】お知らせ  

【 立冬の役目 】
「立冬」は冬の到来を知らせる二十四節気のひとつで、新暦の十一月七日か八日(今年は七日)となります。ここ数年は地球温暖化の影響なのか、秋になっても暖かい日が続き、立冬だからと言ってもそこまでは寒く感じられなくなりました。しかし、この時期の昼夜の温度差がくせ者で、立冬を迎えたとたんに急な冷え込みで体調を崩してしまったと言う事になります。このような気温変化による体調不良は日本に限らず古代中国の時代からの大きな関心事で、秋から冬への季節の変わり目である立冬は一年で最も病気にかかりやすい時期であり、その警告を発する暦として立冬は重要な役割を担ってきました。医療や住環境が整っていない時代にあって気候の変化を知る事は、自己の生死に関わる重大な関心事であったようです。現在では、気象予報の精度も格段に上がり的確な情報がもたらされているはずなのですが、あちらこちらでくしゃみや咳を聞くと「立冬」の“警告を発する役目”はまだまだ必要なようです。

立冬節

 

【 立冬の食習慣と「がめ煮 」】
中国には「立冬補冬」と言う食の習慣があります。立冬が来たら、十分な休養と精力を蓄えて冬を乗り越えようとするものです。中国語では食物で体調を補うことを「補」と言い、冬の寒い時期に育った食物を、寒い季節に合った調理法で食べることこそが、冬を乗り切る最良の法であるとします。例えば、体を温め血行を促し食物のエキスをたっぷりと摂ることができる「スープ鍋」や「煮込」がその最たるものです。この「煮込」の調理法はやがて日本へ伝わり、福岡の郷土料理「がめ煮」が誕生したとされています。がめ煮は野菜や肉を油で炒めた後に鍋に入れて醤油で煮込みます。油で炒めるという調理法はそれまでの日本には無く、それはまさに中国料理の調理法そのものです。その調理法は、豊臣秀吉の朝鮮出兵に参加した筑前の兵士が大陸で教わり持ち帰ったもので、筑前地方独特の煮物として定着しました。諸説ありますが、最初にスッポン(がめ)とあり合わせの材料を煮込んで作った「亀煮」がこの名前の由来とされ、別名「筑前煮」と呼ばれる由縁もここにあります。

がめ煮(筑前煮)



ページトップ