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本日12月22日は『冬至節』です。

【投稿日】2011年12月22日 【カテゴリー】お知らせ  

本日、福新楼の2Fレストランでは、『冬至』にちなんだささやかな菓子をお召し上がりいただいております。

【中国と韓国の冬至】

冬至とは「日短きこと至(きわま)る」という意味で、一年で昼の時間が最も短い日です。また、この日から夏至に向けて徐々に昼が長くなっていくために、古代中国では冬至を太陽の起点と定め、一年の始まりとして様々な儀式が執り行われました。これが正月の起源です。その後、旧暦が使われるようになり一年の始まりは冬至から旧暦の元旦へと変わり儀式もまた移行しましたが、冬至の習慣として残ったものもあります。例えば、赤色に厄除けの力があるとされる豆(アズキ)粥を食べる習慣です。やがて、その習慣は韓国と日本に伝わり、韓国では今でも冬至を「トンジ」と呼んで庶民の習慣として根付いていますが、日本では宮中行事の名残として京都周辺で行われている程度です。小豆が日本に伝わったのは約二千年前で遣隋唐使によるものでなく、中国→朝鮮→日本のルートだと言われています。大豆がダイズと呼ばれるのに対し小豆がショウズではなくアズキと呼ばれるその語源の由来には多くの説がありますがそのなかのひとつを紹介します。朝鮮の方言では小豆のことを「パツキ」と呼ぶそうで、このパツキが日本に「アズキ」で伝わったと言う説はかなり説得力がある様に思います。

【 冬至とカボチャ 】

冬至に南瓜(カボチャ)を食べる習慣は日本独特のもので、江戸時代中期に根付いたとされています。当時は、冬に育つ野菜が少なく、ビタミン不足になりがちで風邪や中風が流行ると致命的でした。そこで夏に収穫したカボチャを保存し、冬至の頃に食べて病気を予防しようと庶民の知恵から出たものです。実際にカボチャは、カロチンを多く含み、体内でビタミンAにかわって肌や粘膜を丈夫にし、感染症などに対する抵抗力が付くのですが、その事をその時代に知り得た先人には驚かされるばかりです。カボチャの日本における歴史は意外と浅く、戦国時代(1541年頃)に豊後の国(大分県)に漂着したポルトガル船によって初めて持ち込まれ、原産国である「カンボジア」がその見知らぬ野菜の名前と誤って伝わり「カボチャ」と呼ばれるようになったそうです。その時にカボチャを献上され接見したのが大友宗麟で、その際に氏はキリスト教に興味を持ち、キリシタン大名の道を歩んだとされています。また後日、宗麟の要請で島津氏征伐のために九州に来た豊臣秀吉が、初めてカボチャを食べてその甘さに「旨い、旨い」と大変喜んだという伝説も残っています。


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